退職後674日目、ジムでリトモスをした後、モスバーガーで昼ご飯を食べてお茶しながら
今日図書館で借りた瀬尾まいこさんの「その扉をたたく音」と、桐野夏生さんの「魂萌え」を読んでいる。
前者は昨日本屋さんで見つけた本である。
本屋で平積みされている本は図書館で予約すると、大抵かなりの数の順番待ちになるのであるが、この本は在庫が多かったこともあってすぐに借りられた。
桐野夏生さんの本は新刊以外は順番待ち無しで借りられる。
両方の本を少しずつ読んでブログを書いている。
平日の昼下がりのモスバーガーはママ友の話し声が響き渡っている。
その他では、若いセールスマンが若い女性に何かの商品の説明をしていたり、女性一人の客が何かの書類を確認していたりで、8割が女性である。
私は2時間くらいいるが、私の前からいるママ友グループはまだまだ話が尽きない感じである。
平日の昼間は客の回転が悪くて儲からないだろう。
店が気の毒になる。
まあ、商売とはこんなものだろう。
そして、人生も同じかもしれない。
本当に充実している時は僅かな時間かもしれない。
そのために、その他の多くの時間が存在する。
逆に言えば、充実していないと思っている多くの時間が充実している僅かの時間のお膳立てをしてくれているのである。
この道理を理解すると全ての時間が愛おしくなる。
人間関係も同じだろう。
色んな関わりの人達がいるおかげで、親しい人と深く繋がっていられるのかもしれない。
食べ物も同じであろう。
記念日もそうである。
毎日何かの記念日であればその価値も薄れる。
ということで、充実していないと思う全てのものに感謝して慈しもう。
全ての中に愛は存在している。
そこを見つめたら全てのものや時間は愛で埋まり、光り輝くだろう。
愛は見方によって何処にでも存在する。
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