心の旅路のブログ

スピリチュアルと本と音楽とヨガが好きな65歳男性の日記です。

退職後401日目、今日も秋晴れだが、自室で電気ストーブあたりながら、くつろぐ。

今日はジムでハードなリトモスなので、ウォーキングは中止にしても運動不足にはならないと、勝手に理由をつけて、ウォーキングを休んだ。


昨日は雨の一日だったが、郵便局に書留を受け取りに行くついでに、お気に入りにカフェでランチした。


昨日は私がいる間、誰もお客さんがいなくて、静かで良かったが、カフェの経営が気になったりする。


読んでいる本は、原田ひ香さんの古本食堂の第4章で、お伽草子という本の中から、谷崎潤一郎の三人法師が紹介されていた。


早速、図書館のサイトで検索して、予約した。


この本を借りると、貸出限度の10冊借りることになって、しかも、極限の民族という本しか読み始めていない。


次の予約が入っている本は、桜井識子さんの「おみちびき」だけなので、期限が来たら延長していくことになるだろう。


手元に届いても、読む本と、読まずに返す本がある、これも何かのご縁だろう。


縁とは不思議なものである。


ワクワクする出会いもあれば、安心するの出会いもある。


ワクワクするのはエネルギーがいるが、安心するのはエネルギーがいらない。


または、エネルギーを得るためにワクワクすることをするのかもしれない。


私は安心するとは言われるが、ワクワクするとは言われない。


だから、私が引き寄せるのはエネルギーが落ちた人だろうか。


エネルギーが落ちた人に愛を注いで、元気にする、そんな天命があるのかもしれない。


何かしら生きていく意味を自分で決めてしまうと、生きてもいいような気がする。


逆にまだ生かされているということは、何かの意味があるのだろう。


だから、今日も許可された自分の心と体を使って、思い切り生きよう。


死ぬまでは生きてもいいのだ。(赤塚不二夫風)