心の旅路のブログ

スピリチュアルと本と音楽とヨガが好きな65歳男性の日記です。

退職後790日目、外は寒いが、陽のあたるカフェの席は

暖かいので、上着を脱いで読書をしていた。


今日も二冊の本を交互に読んでいる。


定年が70歳だった大学の教師の仕事を55歳で早期退職した男性の老年の生き方を描いた本と、1970年の大学生の日常生活の物語である。


前者は今の私の生き方を考える上でとても参考になるし、後者は当時私は中学生で、テレビで報道されていた大学生の日常生活にとても興味が持てるのである。


そして、私は、偶然にも、今の時代のこの場所にいるという奇跡を思わずにはいられない。


せっかく今まで生きられたのだから、これからは自分の生き方を自信を持ってしていこうと気持ちを新たにする。


昨日は24年前くらいに、ジャスバーで飲んでいる時に、カウンターの隣の男性とマスターの会話で聞いてから、読むようになった伊集院静さんが亡くなられたというニュースを目にした。


その頃は、週刊誌に連載されていたエッセイが少し遅れて単行本になったものを一冊ずつ読み進めていたが、私が持っていないものをたくさん持っておられて、とても興味深かった。


もちろん行動は真似することは出来ないが、感情のシュミレーションをして楽しんでいたのかもしれない。


この世に生まれた自分の役割に気づく時、傍目からどう見えようと、自分として満足した人生が送られるのであろう。


ただ、弱いので、自分を発信した時に、否定されるのが恐ろしくて、孤立しがちである。


そして、その後に、人間が恋しくなる。


無い経験をしなければ、ある幸せは味わえない。


だから、ずっと好きなことをしていれば幸せというものでもないところが難しいところである。


もちろん、健康でないと楽しめない。


お金も必要である。


そして、人生の方程式は、不確定な変数が多すぎて、答えを出そうとすることが悩みになってしまうのである。


まあ、大体のところで見切りをつけていくことが必要である。


中途半端のススメである。


最近はよくこの結論になる。


たぶん、まだ完璧を目指して答えを求め過ぎて、ほとんど動けていないからだろう。


気づけ、自分。(笑)