退職後1525日目、また一段階寒くなったが、昼間は
暖かくなるので、帰りは服を一枚バックの中に入れることになる。
昨日の水泳教室はいつもの女性のインストラクターが休みだったので、代行で、いつもは幼児やジュニア担当の、男性のインストラクターだった。
色々新しい学びもあって良かったのだが、女性の生徒に対しては、手取り足取り教えることが出来ないので、成人担当のインストラクターを女性にしている理由はそこにあるのだろう。
水泳もヨガも上達するにつれ、面白くなっていく。
面白いと感じるためには、その前に、苦しさが必要なようである。
ただ、全ての苦しみの後に、愉しさがあるとは限らないので、前向きな苦しみである必要がある。
そして、その判断は、結果が出てみないとわからないので、博打のようなものである。
ということで、実際の博打をせずとも、現実の生活自体が、博打の連続なので、十分に楽しめるはずである。
もちろん、負けたら、楽しいどころか、悔しいのであるが、悔しさがあるから、その次に勝てたら、喜びも、ひとしおなのである。
ただ、人生の博打の方が、実際の博打に比べて、圧倒的に勝率はいいのである。
現象的に、第三者的に、負けだとしても、自分の中で、勝ったと思うだけで、グッと勝率はアップする。
だから、勝敗の判断は、他人に委ねないようにすることが大事である。
逆に、他人の人生も、見た目だけでは判断出来ない。
ということで、見えないものを必死で見ようとして、苦しむ。
これがスピリチュアル的な苦しみで、これを克服するために、スピリチュアルを勉強したのであるが、これは、勉強するものではなく、必要な時に、必要な人に与えられることがわかったので、やめた。
人生は深くて、面白い。
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