退職後1059日目、木曜日は定例のスタバで珈琲を飲みながら
読書している。
図書館で借りていた小川糸さんの椿の恋文の返却期限が25日までなので、急いで読まないといけないが、上原隆さんの心が痛んでたえがたき日にを先に読んでしまった。
たぶん自分でも前に買って読んだ本のような気がするが、忘れた頃に読むと、まだまだ楽しめるのである。
人間が誰でも持ってはいるが、人には見せたくない弱さや罪悪感をインタビューすることで、吐き出させているのである。
そのためには、まずは聞くものが、同じ弱さや罪悪感を持ってなければ、その人の心の殻を破ることは出来ないだろう。
健康的な人には、眩しすぎて、見たくないし、話したくないのである。
まあ、私もどちらかといえば、その部類に入るだろう。
まあ、自慢にも何にもならないが、心に傷を負った人の話には共感出来るのである。
傷の舐め合いという言葉もあるが、それはそれで嫌である。
とにかく、微妙な感覚としか言えない。
心を安定させるために、色々と試みて、心地よい按配のところを探し当てるのである。
もちろん、冒険をすれば、更に傷つくこともあるので、冒険は出来るだけしないのである。
その代わり、安全な、本や映像や音楽の中に、それを求めてしまう。
ということで、小さくまとまってしまうのである。
いや、まとめてしまう、と言った方が合っているだろう。
自分の生き方をするしかないのである。
↑ 水耕栽培のバジルと大葉
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